一般社団法人 日本肝臓学会

肝移植前の診療

肝移植非実施施設での診療

肝移植前の診療として重要な点は以下の3点です。

  • 肝移植適応の検討と肝移植実施施設へのコンサルト
  • 肝移植に向けての治療
  • 肝移植に向けての検査

以下にそれぞれのポイントを記載します。

● 肝移植適応の検討と肝移植実施施設へのコンサルト

肝移植適応は、「不治の末期状態にあり原則として従来の治療法では余命1年以内と予想されること」です(肝移植診療ガイドブックより)。

実際には、①肝移植以外の治療法では救命できない、または、QOLを維持できない、かつ、②肝移植すると元気に長生きできる、の2点を満たす症例が肝移植適応となります。

①の条件を満たす症例は、肝硬変であればChild-Pugh 10点以上の非代償性肝硬変、急性肝不全であれば昏睡型の大部分です。②は、他臓器の悪性腫瘍や活動性の感染症がないことなどがポイントになります。
肝移植適応となる可能性がある症例については、早期に肝移植実施施設へコンサルトすることが重要です。

ポイント

  • 可能であればChild-Pugh Bの段階から移植の選択肢を提示し、コンサルトを開始しましょう。
  • 肝移植は肝硬変の根治治療であるが、“末期”になってから準備するのでは、移植時期を逸する恐れがあります。
  • 肝癌例では肝予備能により根治が望めないと判断した時点で検討を。

● 肝移植に向けての治療

肝移植前の診療は、通常の診療と同様です。注意すべき点としては、肝移植適応外となるような合併症、すなわち、感染症や他臓器の障害についての評価と治療が重要です。例えば、肝癌以外の悪性腫瘍の除外、肝肺症候群や門脈肺高血圧症の有無の評価などが肝移植に向けて必要となってきます。

● 肝移植に向けての検査

肝移植適応の評価のために、肝機能の評価と他臓器疾患の評価が必要です。
参考のため、脳死肝移植適応評価のための申請用紙を添付します。

必要な検査内容やどの施設で検査するかなどについては、肝移植実施施設と相談の上で進めましょう。

レシピエントの主な移植前検査項目

  • 血液検査
  • 尿検査
  • 胸腹部レントゲン
  • 腹部エコー検査
  • 頭部胸部腹部(造影)CT検査
  • 腹部(造影)MRI検査
  • 心電図、心臓エコー検査
  • 血液ガス、呼吸機能検査
  • 歯科受診(う歯は抜歯)
  • 血液、尿培養検査
  • 上部消化管内視鏡検査
施行が望ましい検査
  • 下部消化管内視鏡検査
  • 頭部MRI
  • 骨密度測定
  • ウイルス検査(HIV, HTLV-1, EBV, CMV, HSV)
  • ヒト白血球抗原(HLA)検査
  • リンパ球クロスマッチ
  • 女性:乳腺エコー・マンモグラフィ、婦人科診察
  • 麻酔科診察
  • 精神科医師による面談
  • 注)適応疾患や施設により検査項目は異なるため、実施にあたっては移植施設に相談してからが望ましい。

肝移植のインフォームド・コンセント

肝移植は肝硬変患者ならびに急性肝不全患者に対する一般的な治療選択肢の一つであり、保険診療で受けられる医療であるため、適応となる可能性のあるすべての肝疾患患者に説明する必要があります。
肝移植についてのインフォームド・コンセントの一例を添付します。

レシピエントならびに生体ドナーの適応基準は施設によって異なり、詳細な説明は肝移植実施施設にて行うことが望ましいです。

肝移植の説明の際には、以下の点が重要となります。

  • 日本では脳死肝移植数が少なく、生体肝移植が多く行われています。
  • 生体肝移植には、自分の意思で提供を希望される健康なドナーが必要です。
  • 肝移植後1年生存率は85~90%であり、救命できない場合もあります。
  • 肝移植後は拒絶や感染症などの合併症の可能性があります。
  • 免疫抑制薬などによる生涯に渡る治療が必要です。
  • 多くの方が病気になる前とほぼ同様の日常生活を送ることができます。

生体肝移植ドナーについての説明

日本では現時点では脳死臓器提供が少ないため、生体肝移植と脳死肝移植の双方を念頭に情報提供することが望ましいです。加えて、肝移植前後には家族のサポートが必要となるため、家族関係の把握が必要です。
しかしながら、実際の生体肝移植ドナー適応の評価や説明は肝移植実施施設にて行うため、生体肝移植ドナー候補の有無にかかわらず、まず肝移植実施施設に連絡をとります。

生体肝移植ドナー適応のインフォームド・コンセントの一例を以下に示します。

【生体肝移植ドナー向け検査支援アプリ】
QRコード

肝移植ドナーの術前検査に特化して、検査項目を集約し、平易な文章とイラストで検査の内容を分かりやすく説明したWEBアプリもございます。
健康な方が病院に行き、検査を受けるだけでも不安が生じるものです。本アプリでは、受けるべき検査の全体像がアイコンで把握でき、また自分でアイコンをタッチすることで検査の簡単な説明を確認できます。さらに、検査済みのアイコンの色を変えることで、検査の進捗状況も確認できるような工夫もされています。(アプリの開発は基盤研究(B) 17H04095の助成を受けたものです)
(URL)https://sociocom.jp/~data/LTD/

急性肝不全の管理

急性肝不全の場合、発症から肝不全にいたるまでの期間が短く、内科的治療のみでは救命できない症例が多く存在するため、肝移植を考慮に入れた連携や治療が特に重要となります。移植適応の判断も困難であり、内科的治療によって回復する可能性や、肝移植待機中に感染症などの合併によって移植禁忌となる可能性があるため、病態の変化に応じた迅速な判断が必要です。短期間の間にインフォームド・コンセントやドナーの選定などを行う必要があり、患者や家族の精神的負担も大きいと考えられます。実際には、急性肝障害の段階から急性肝不全への移行の予知を行い、進行が予測される症例に対しては肝移植の可能性を考えて、インフォームド・コンセントや移植施設への連絡、ドナーの選定などを、内科的治療と並行して行っていく必要があります。

急性肝不全の診断や基本的治療法については、以下のリンクを参照ください。

肝移植に向けての重要なポイントは以下の2点です。

● 予後予測と肝移植実施施設との連携

まず、急性肝障害の症例の中で、急性肝不全へと進行し死亡する可能性のある症例を予測することが重要です。PT-INR 1.3以上がひとつの目安となります。PT-INR 1.3以上となり内科的治療にて改善しない場合など、急性肝不全への進行が予測される場合には、この段階から肝臓専門医や肝移植実施施設との連携を開始します。

次に、急性肝不全へと進行した症例の中で内科的治療にて救命できない症例を予測することが必要となります。予測には、厚生労働省「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班による肝移植適応ガイドライン:スコアリングシステムが有用です。

  • ステロイドパルス治療や血漿交換/血液ろ過透析を開始する時点で、効果不十分の場合に備えて肝移植の準備を行うことが重要です。

● 肝移植を考慮した内科的治療の要点

肝移植実施施設と連携しながらも、内科的治療にて救命できることを期待して十分な内科的治療を行います。治療法は通常の場合と同様であり、成因に対する治療、肝庇護療法によって肝壊死の進展を阻止すること、ならびに合併症の予防と治療、です(詳細は「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究 急性肝不全」を参照)。実際には肝移植実施施設と連携しながら治療を行います。
肝移植が予定されている場合に特に以下の点に注意する必要があります。

  • 感染症(細菌、ウイルス、真菌)を含めた合併症のモニタリングや早期治療を心がけます。
  • ステロイドは必要に応じて使用すべきですが、肝移植後の感染などのリスクを考えて可能な限り短期に留めます。
  • 脳浮腫予防のため水分管理を行い、グリセオールの投与を考慮します。シトリン欠損症の脳症発症の際には、脳浮腫を悪化させるのでグリセオールは禁忌とされており、他の代謝性肝疾患でも原因が不明な脳症の場合はマンニトールの使用を推奨しております。
  • 栄養状態が肝移植成績に影響を与えるため、栄養管理が重要です。